儚さは白

白は始まりの色。

「恋文の技術/森見登美彦」 感想

恋文の技術 (ポプラ文庫)恋文の技術 (ポプラ文庫)
(2011/04/06)
森見 登美彦

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一年前に購入したものの、読もうと思ったときには何故か姿を消していたこの本。偶然にも学校の図書館に置いてあったので、もう一度手に取ることにしたのです。書簡体小説で、とってもワンダフルなのですよ。

あらすじによると、「京都の大学院から、遠く離れた実験所に飛ばされた男が一人。無聊を慰めるべく、文通修行と称して京都に住むかつての仲間たちに手紙を書きまくる。文中で友人の恋の相談に乗り、妹に説教を垂れるが、本当に想いを届けたい相手への手紙は、いつまでも書けずにいるのだった」、とのことです。その通りなのです。

しかし、主人公が森見登美彦氏との文通あたりから(本当は初めから)、話はおっぱい談義の方向へ進んでいきます。

つけ上がるな。彼女のおっぱいは君のものではない、彼女のおっぱいは彼女のものだ。

君はおっぱいに信頼を寄せすぎている。君の夢と栄光の一切を、ただ二つのおっぱいに賭けようとしている。

もうわけが分かりません。森見氏は狂ったのか、

おっぱいは世界に光をもたらす。光りあれ。

なんて言い出す始末。タスケテクダサイ。

おっぱい万歳だとか、おっぱい断罪だとか、おっぱいも恋心も秘すれば花だとか、高等遊民になりたいだとか、ラブリーな詩だって出てきちゃう。これは何の小説ですか。おっぱい小説ですか。なんて思っているうちにストーリーはクライマックスへ。

そうそう、忘れていました。主人公は伊吹さんという女性に恋心を抱いているのです。伊吹さんは、「苺大福は知力のミナモト!」とか言っちゃう可愛らしい人です。そんな伊吹さんとどうなるかはともかく、主人公は子供の頃にしていた文通を思い出して、手紙を書くということについて教えてくれます。

なぜあんなにも夢中になったのであろうと考えるに、それは手紙を書いている間、ポストまで歩いていく道中、返信が来るまでの間、それを含めて「手紙を書く」ということだったからだと思います。

相手に話しかけるように手紙を書いていく楽しさであるとか、相手の返事を待っている間の楽しさであるとか、いざ返事が届いて封筒を開けるときの楽しさとか、手紙を何度も読み返す楽しさとか。手紙の中身なんて大して問題ではなかった。

実は鈴木も心ひそかに文通に憧れていて、この文を読んだ時に激しく共感してしまったのであります。森見さんもあとがきに書いていたけれど、この時代に手紙を書くという行為はまどろっこしくて時代に逆行しているかもしれません。それでも手紙はいいもんだ!っていう強烈なメッセージを感じ……ます。そういうことだよね、森見さん……。

最後は、主人公が究極の手紙が何であるかを悟ります。是非読んでください。この部分、よいです。なかなかよいです。

小学生のまみや君がペンギン・ハイウェイに出てきたアオヤマくんと重なって見えました。おっぱいのせいです。もしかしたらペンギン・ハイウェイはまみや君にインスパイアされたのかも、なんて考えるのもオモチロイ。それにしてもペンギン・ハイウェイ、見事なまでのウェイですね。