儚さは白

白は始まりの色。

好きになってよかった。好きだと言えてよかった。

 
音大生の女の子は春から欧州へ渡ってしまう。
その話を聞かなければ、僕は彼女を食事に誘うことはなかったのかもしれない。

はじめての食事の席で、僕は彼女の魅力に引きこまれたしまった。
性格も、考え方も、ふとした仕草さえも僕の心を掴んだ。

好きになってしまった、そう思った。


僕は春が好きだ。街はカラフルに色づき、気候も陽気で過ごしやすい。
ただ、三月は嫌いなんだ。必ず別れがやってくるから。
桜は散っても次の年にまた花を咲かせるが、別れた人とはまた会えると限らない。
僕はどうしても名残を惜しんでしまう。

だからきっと、彼女を好きになったのは、もう会えなくなるかもしれないと思ったからだろう。
あるいは、居なくなるから好きだと気づいたのかもしれない。

どちらにせよ、別れがトリガーだったことに変わりはない。


彼女が一旦、東京へ帰る前日に僕はもう一度食事へ誘った。
忙しいのにも関わらず、彼女はそのお願いを快諾してくれた。

「海外へ行くのがベストってわけじゃないんです」
「演奏しているとき、楽しくないですよ」
「人の心配をする時間があれば、自分の時間に充てたいです」

彼女が放つ言葉の奥に何があるのか、僕は分かっている。
考え方が同じなんだ。2を聞いただけで8を理解できる。足りない言葉も耳に届く。

好きの気持ちが止まらない。
こんなにも穏やかな「好き」は久しぶりだった。

「これまでの恋人とは毎日顔を合わせていた」という彼女に対し、「連絡を一日に一回取ればいい方だった」と返す僕。
「ぜんぜん違うね」と笑う時間さえ愛おしかった。

その日、僕が彼女に伝えた「好き」は冗談に受け取られたのかもしれない。
ただ、僕も彼女もどこかで分かっているんだ。
今、この関係が変わることは全くない。
そんな関係が少し面白い。

また会える日まで。
好きになってよかった。好きだと言えてよかった。